浮気調査で見えた「本当の依頼」
- japan97
- 3月25日
- 読了時間: 3分
これは数年前に受けた、忘れられない依頼のひとつです。
依頼人は30代の男性。会社員で、見た目も話し方もごく普通。ただ、最初に会ったときからどこか落ち着きがなく、指先を何度もこすり合わせる癖が印象的でした。
「妻の行動が、おかしいんです」
いわゆる浮気調査の依頼でした。
話を聞くと、奥さんはここ数ヶ月、帰宅時間が不規則になり、スマホを手放さなくなった。休日も「友達と会う」と言って出かけることが増えたとのこと。
よくあるケースです。
私はいつも通り、対象者の行動確認から始めました。
平日の夕方、勤務先から出てきた奥さんは、まっすぐ駅へ向かう――かと思いきや、途中で足を止め、小さな路地へと入っていきました。
その先にあったのは、古い雑居ビル。
看板もほとんど出ていない、目立たない建物です。
私は距離を保ちながら後を追いました。
奥さんは3階で足を止め、迷いなく一室のドアを開けて中へ。
出てきたのは、約2時間後。
誰かと一緒ではありませんでした。
数日間、同じ行動を確認しましたが、結果は変わらず。「特定の部屋に入り、ひとりで出てくる」それだけです。
正直に言えば、この時点で私は少し違和感を覚えていました。
浮気なら、相手の出入りがあるはずです。ですが、その気配がまったくない。
そこで、ビルの管理会社や周辺情報を調べることにしました。
その部屋は、あるNPO法人が借りているスペースでした。
活動内容は――「家族介護支援」。
さらに調べると、奥さんの母親が数年前に認知症を発症し、現在は施設に入っていることがわかりました。
そして、あの部屋で行われていたのは、同じ境遇の人たちが集まる小さな会。
いわゆる、家族のための“相談会”でした。
奥さんは、誰にも言えずにそこへ通っていたのです。
依頼人に報告する日、私は少し言葉を選びました。
事実だけを伝えるのが仕事ですが、この件はそれだけでは終われない気がしたからです。
「浮気の事実は確認できませんでした。ただし――」
私は、調査で分かった内容をすべて話しました。
男性はしばらく黙ったまま、何も言いませんでした。
そして最後に、小さくこう言いました。
「……気づいてあげられなかった」
その一言で、この依頼の本質がすべてわかった気がしました。
数週間後、その男性から短い連絡がありました。
「一緒に会に行くことにしました」
それ以上の言葉はありませんでしたが、十分でした。
浮気調査という形で始まった依頼でしたが、本当に必要だったのは「事実」ではなく、「気づくきっかけ」だったのかもしれません。
探偵の仕事は、真実を見つけること。
でも時々、その真実が誰かの関係を壊すのではなく、つなぎ直すこともある――
そんなことを教えられた案件でした。

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